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私だったかも知れないんだ。。。
2007 / 02 / 04 ( Sun )
自分が元気だった頃は、周りにも元気な人しかいなくって
障害のある人をもちろん差別する人になんかならないぞ、とは思っていたけれど
実際は障害者の方と接する機会もとっても少なかった。。。
でも、自分がいざ障害者になってみたら、周りにはこんなにもたくさんの
不自由な人がいたんだということに初めて気付かされたんだ。。。

それはきっと元気な頃には、私の目は半分しか開いていなかったようなもので
私の視野がいかに狭かったのかということを思い知らされる。

   * * *

この前プールに行った時、初めて会った車椅子の女性がいたんだ。
その方は脚だけでなく、手にも言葉を発することにも不自由があるようだけど
プールまで30分ほどかかる近くの市からご自分で運転して来られるのだとのこと。。。
人なつこそうな優しいお顔をした女性だった。
両腕に“うき”をはめて背浮きをしながら泳いでいた。
自力では水の中でも立てないくらいなのに、不自由な両腕で一生懸命水をかいていた。

彼女がプールの端に到着した時、目が合ったので話しかけてみた。。。
「なかなか早いですねぇ!」と。すると彼女は笑顔で
「みなさんが歩くと流れが出来るから、それに乗っているからですよ。」
きっと不自由な腕で水をかくのは私の何倍も大変なことだろうに
彼女の笑顔は明るく、とても楽しそうに見えた。

「それじゃ、私も一生懸命グルグル回らないとね(∩_∩)! 気をつけて頑張ってください!」

返って来た笑顔が、なんだかとても眩しく見えたんだ。。。


    もし私が彼女のような障害を持って生まれていたら、
    あんな笑顔を返せただろうか。。。

   * * *

私はよくこんなふうに思うんだ。。。

カラダは魂の入れ物で、そのカラダと魂の組み合わせをするのが神様なのかもしれない、って。
(まぁ、そもそもあまりカミサマの存在を強く信じているわけでもないけどね。)

私の魂には、このカラダがあてがわれた。。。
その組み合わせは他の誰とも取り替えることはできない。
健康なカラダをもらった魂も、不自由なカラダをもらった魂もいて
神様のいたずらというのか、与えられた試練というのか、それぞれそれなりに
生きなくてはならないんだよね。

今は不自由になってしまったけど、それは私の運命だったわけで、
その不自由な体を操れるのは他でもないこの私だけなんだよね。
だから、私の魂が、心が、いじけていてはカラダの方がかわいそうだと思うんだ。


   * * *

神様は、プールで会った車椅子の彼女の魂に、あえてあのカラダを組み合わせたんだろう、
なんて思えたんだ。
彼女の魂なら、あのカラダを大事にしてくれる、って
彼女は選ばれた魂なのかもしれない、って思えたんだ。
それくらい彼女の笑顔が私にはステキに見えたんだ。。。

じゃあ、私はどうなんだろう? って考えた。。。

私が不自由になったのはここ数年のことで、まだ自分の急激な症状の変化に
心が対応しきれていない、というのが正直なところだ。
不自由でなかった時期が長かったからまだ、どうして私が?という悔しい気持ちが
強く残っている。。。

でもようやく、神様が決めた魂とカラダの組み合わせの妙を
楽しまなくちゃと思えるようになってきたところ。


ちょっとしたタイミングで、神様の選択は違っていたかもしれない。。。
もしかしたらプールの彼女のカラダに私の魂が組み合わされていたのかもしれない。
そう、私が彼女だったのかもしれないんだよね。

私の魂が彼女のカラダに組み合わされていたら、
あんなふうにあのカラダを動かしてあげられただろうか?
彼女の魂は、彼女のカラダを動かすことにあんなに頑張っている。。。
彼女はすごいなぁ。。。偉いなぁ。。。って思ったんだ。

そんなふうに考えたら、なんだかとても彼女を大切にしてあげなきゃ、って気持ちになったんだ。

私が他の誰かだったかも知れない可能性は、彼女だけでなく
同じ時代に生きているすべての人に及ぶわけで
そう、もしかしたら今これを読んでいるあなたのカラダに私の魂が
組み合わされていたのかも知れないんだよね。

みんなみんな大事な人。私だったかも知れない大切な命。
そんなふうに思わせてくれた彼女に感謝して、思いやる気持ち、大切にしていきたいし
心を強く持って、このカラダとうまく付き合っていかなくちゃいけないな、と
改めて思ったんだ。
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01 : 49 : 33 | 思い | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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コメント
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★わんちゃんへ

親を選んで生まれたのか、その子によって親が変わったのかわかりませんが
少なくともプールに来ている障害児の親御さんの献身的な介助ぶりには
いつも頭が下がる思いがします。
昨日もプールで彼女にお会いしました。昨日は介助の方も一緒で
先週よりもっとハードに泳いでいましたよ。
自分よりも大変なのに。。。なんて思うのはあくまでも私の勝手な思い。
何が大変かなんて、本当に本人にしかわかりません。
だから、どんな障害の人にも“わかったフリ”をしてお節介を焼いたり
同情したり、憐れんだりしてはいけないのだと思います。
by: to わんちゃんfromむぅん * 2007/02/09 14:01 * URL [ 編集] | page top↑
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★SORAさんへ

“それなら本当にあの人と自分が入れ替わったら。。。”と考えると
『それでも私は受け入れてみせる』とは言えない自分がいます。
こんな投稿をしておきながら、やっぱり『私のカラダでなくてよかった』と
思っていないと言ったらウソになると思います。
それはとても彼女にとって失礼なこと。。。
だからこそ、私が彼女の障害にそれ以上の負担をかけるようなマネをしてはいけないのだと思います。
私が彼女にできることは、せいぜい話しかけることぐらいですけどね。
by: to SORAさんfromむぅん * 2007/02/09 13:43 * URL [ 編集] | page top↑
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★yukiさんへ

以前、車椅子マークについての投稿をした時に、
とてもわかりやすくご自身のHPに情報を載せていた車椅子の方に
本文の中でリンクをさせていただいたので、
掲示板に挨拶に行ったことがあるんですが、
私には痛みがあっても辛うじて自分の足で歩けるので
当然車椅子の人の方が大変だと思っていたのに逆に“
僕は車椅子だけど痛くはないので、むぅんさんは大変ですね”、
といったようなコメントを頂き、目からウロコが落ちました。
どちらの障害が重いのか、なんて、一概に決められるもんじゃないんだな、と。

私自身、不自由を感じてみて、初めて気付いたことも多いわけで
本当は障害がなくてもみんながそういうことに
気付いていれば、世の中もっと暮らしやすくなるのでしょうね。

yukiさんはいろんな方のお話を聞いたり、
本を読んだりしてらっしゃるようですね。感心感心!!
私も人の話に耳を傾けられるよう、柔軟な心を持たねば、と思います。(笑)
by: to yukiさんfromむぅん * 2007/02/09 13:20 * URL [ 編集] | page top↑
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思う事、障害を持って産まれてきた子はその両親を選んで生を受けてるのでは?この世に生を受けたら健常も障害もないと思う。私を含め障害者自身も偏見を持ってると思う。きつい言い方かもしれないけど、自分を含めその方のように障害を受け止め前むきにいかなきゃ。その方のすがすがしい姿が目に浮かびます
by: わんちゃん * 2007/02/07 10:22 * URL [ 編集] | page top↑
--うんうん--

むぅんちゃんの言葉にはいつもすごく考えさせてもらっています。今日もそう・・・。ほんとうにそうだなあ・・・と、頷きながら読みました。
by: SORA * 2007/02/04 22:35 * URL [ 編集] | page top↑
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私も自分よりずっとずっと大きな障害を持つ人の講演を聞いた
そうだよね。こういうことなんだと思いながらこのブログを読みました
by: yuki * 2007/02/04 18:42 * URL [ 編集] | page top↑
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